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新町誕生の歴史(錦江町の誕生まで)

印刷用ページを表示する 掲載日:2016年1月1日更新

錦江町の誕生まで

 地方分権が叫ばれる中、また、合併特例法の有効期限が迫る中、大根占町・根占町・田代町・佐多町(肝属南部4町)では平成13年10月10日合併問題の調査研究を行うため、「南隅地域合併研究会」を発足させました。また、平成14年4月10日には、肝属地域2市10町の首長で構成する「肝属地域市町村合併調査研究会」を発足させ、2つの研究会で合併の枠組み等を含めて協議を進めてきました。

 両研究会では、「地域の将来像などに関する調査研究」を行い、合併による効果・課題・財政シミュレーションなどの報告書をまとめました。肝属南部4町では、2回の住民説明会及び2回のアンケート調査を行い、合併の是非や枠組みなどの住民意向を調査しました。肝属東部5町でのアンケート調査では、合併の枠組みに関し、意向が分かれたことから、平成15年1月17日、肝属地域市町村合併調査研究会は解散しました。

 南隅地域合併研究会では、その後、平成15年1月22日に「南隅地域任意合併協議会」を設立し、法定協議会の設立に向けた合併基本項目の協議を進め、平成15年6月27日「南隅地域合併協議会」を設置しました。

 南隅地域合併協議会では、12回の協議を重ね、協定項目50項目中44項目を提案・協議及び承認してきましたが、大根占町の住民から4町による新町に対する不安や、大根占町住民の負担増の問題から、合併の枠組みを見直してはどうかとの意見が寄せられるようになりました。

 さらに、大根占町議会にも合併の枠組みの見直しに関する陳情等が出されるに至ったことから、平成16年6月28日に大根占町議会として、肝属南部4町の合併の見直しの陳情を議決するとともに、大根占町と田代町との2町合併を推進する決議がされました。

 この結果、大根占町から、平成16年7月9日に南隅地域合併協議会に対して、協議の継続は困難であるとの判断するに至ったとの申し入れがあり、平成16年7月31日付けをもって休止しました。

 大根占町及び田代町では、南隅地域合併協議会の休止を受けて、現行の合併特例法による平成17年3月末までの2町合併を目標とした「大根占町・田代町合併協議会」を設立することを確認するとともに、平成16年8月3日に大根占町・田代町合併協議会の設立準備会を開催し、同協議会の設置に関する合併基本項目等の協議・確認が行われました。

 平成16年8月10日には、大根占町及び田代町の両議会の議決を経て、大根占町・田代町合併協議会が設立されました。同協議会では、平成17年3月22日の合併まで、計13回の協議を行い、協定項目の承認や新町建設計画の作成、事務事業の一元化調整などを行ってきました。

 なお、平成16年10月29日には大根占町及び田代町による合併協定書調印式が執り行われるとともに、同年11月2日の両町議会の合併関連議案の議決を受け、11月8日に鹿児島県知事へ合併の申請を行いました。鹿児島県議会では、12月議会において合併関連議案を可決し、合併 が決定するとともに総務大臣への届出を行いました。

 平成17年1月24日、総務大臣による配置分合の告示が行われ、3月22日に錦江町が誕生しました。